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京都地方裁判所 昭和23年(行)20号 判決 1948年12月03日

原告

本隆寺

被告

京都府農地委員会

主文

被告京都府農地委員会が昭和二十三年七月一日した三農委裁第二一号裁決はこれを取消す。

京都市右京区農地委員会が昭和二十三年五月五日定めた京都市右京区龍安寺衣笠下町二十六番地の一、宅地(現況畑十畝〇九)同所同番地の二同所同番地の三畑(一畝二二)の土地に対する農地買收計画はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文と同旨。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として京都市右京区農地委員会は昭和二十三年五月五日原告所有の主文第二項掲記の土地に対し自作農創設特別措置法第三條に依る農地買收計画を定めた。

原告は右買收計画に対して異議の申立をしたが同委員会はこれに対し同年六月一日本件土地は自作農創設特別措置法第三條第五項第四号に該当するものとして買收するべきであるとして異議却下の決定をした。依つて原告は右決定に対して同月十二日被告に訴願を提起し(一)本件土地は小作地ではない。(二)自作農創設特別措置法第五條第五号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とする状態にあるものであつて買收除外の指定を受けるべきものであるとして右買收計画よりの除外指定及び右京区農地委員会の右決定の取消を求めた。これに対して被告は昭和二十三年七月一日三農委裁第二一号を以て本件土地は自作農創設特別措置法第五條第五号に該当せず右京区農地委員会の決定は同法第三條第五項第四号に準拠する適法の処分と認める旨裁決し、同裁決書は同年八日二十三日原告に送達された。しかしながら被告の右裁決及び右京区農地委員会の定めた右買收計画は自作農創設特別措置法の解釈を誤つた違法の処分である。即ち、

(一)  本件土地は自作農創設特別措置法第三條第五項第四号にいう法人の所有する「小作地」ではない。同法第二條に明記されている如く小作地とは耕作の業務を営むものが権限に基いてその業務の目的に供している農地を指称する。然るに本件土地は原告が訴外日下部正太郞外十五名に対し夫々月一坪につき金八銭乃至十三銭の貸料を以て賃貸しているものであるが、右日下部等十六名の賃借人は何れも会社員、画家、商人その他の本業を有するか又は無職者であつて耕作の業務を営むものではない。又本件土地を耕作業務の目的に供しているものではない。唯現下の食糧事情の窮迫に依り一時これを家庭菜園として利用しているにすぎず、借地人等はこれによつて供出割当を受けていない。從つて本件土地は自作農創設特別措置法にいわゆる小作地ではない。にも拘らず同法第三條第五項第四号の法人その他の團体の所有する小作地と認定して定めた右京区農地委員会の買收計画及びこれを容認せる被告の裁決は違法である。

(二)  假りにそうではないとしても本件土地は自作農創設特別措置法第五條第五号により近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であつて除外の指定をされるべき裁量にあるものである。詳言すれば本件土地は嵐電龍安寺駅に近く閑雅高燥の住宅地域に在り、東側及び北側は直接に、西側の大部分と南側は道路を隔てて人家に接している住宅用地として最適の土地であり、更に被告は本件土地を宅地とする爲に京都府知事に建築家指定の認可申請をし昭和十七年十二月二十七日その認可を得て昭和十八年に現在の如く区劃整理をし道路溝渠等住宅地としての準備をした上昭和十九年三月各区劃に從つて現借地人等に賃貸したものであつて、これによつても、京都府に於ても本件土地を既に住宅地とするを相当と認められているといつてあるのみならず、右借地人等は建築資材難と食糧事情の窮迫の爲に本件土地を一時家庭菜園化したにすぎないのであつて、元來は夫々本件地上に住宅を建築することを目的としているものである。斯樣に本件土地は、近く土地使用の目的を変更して住宅地として使用すべき相当の事由あるにかかわらず自作農創設特別措置法第五條第五号に該当する農地とは認め難いとして定めた買收計画及びこれを容認した被告の裁決は違法である。

よつて原告に対し被告が昭和二十三年七月一日した三農委裁第二一号裁決及び原処分である右京区農地委員会の本件土地に対する買收計画の取消を求める爲本訴に及んだ次第であると陳述した。(立証省略)

被告指定訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張事実中原告主張の如く本件土地について右京区農地委員会が買收計画を爲し、これに属する原告の異議申立に対して同委員会が却下の決定を爲し 更に原告よりの訴願に対して被告が原告主張の如く却下の裁決をしたことは認める。被告の右裁決及び右京区農地委員会の右買收計画には原告主張の如き違法なし。即ち、

(一)  原告は本件土地は自作農創設特別措置法にいう小作地に該らないというが、耕作の業務を営むものとは耕作を本業としているもの、のみならず副業としているものをも含むものであつて、本件土地の借地入等が耕作を本業としていないとしても一般社会通念に照らして耕作を副業としているものと断ずるに妨げない。從つて原告所有の本件土地を寺院たる法人の所有する小作地と認定した買收計画及びこれを容認した被告の裁決に違法はない。

(二)  原告は假りに本件土地が小作地であるとしても自作農創設特別措置法第五條第五号によつて近く土地使用の目的を変更することを相当とするものとして買收除外の指定をせらるべき情況にあるから買收の対象とはならないと主張するが、同條同号は單に近く土地使用の目的を変更することを相当とする情況にある農地であるといふだけでは直ちに買收の対象から除外されるのではなく市町村農地委員会がその情況を認めて都道府縣委員会の承認を得て指定し又は都道府縣農地農地委員会が特にこれを指定したものに限つて除外されるのである。農地委員会は右の指定をしないところが却つて買收すべきものと認定しているのである。從つて同條同号により買收除外を主張することは全然理由ない。

と陳述した。(立証省略)

理由

右京区農地委員會が原告主張の如く原告所有の京都市右京区龍安寺衣笠下町二十六番地の一、同所同番地の二、同所同番地の三の三筆の現況畑面積合計二反九畝二十三歩の土地について自作農創設特別措置法第三條第五項第四号により買收計画を定めたこと、これに対して原告主張のように原告が異議の申立をしたところ、同委員会が却下の決定をし、更にこれに対し、原告が被告農地委員会に対し訴願を提起したところ原告主張のように却下の裁決があつたことは当事者間に爭いがない。そこで右裁決及び買收計画に原告主張のような違法の點があるかどうかについて判断する。

第一  原告は本件土地は自作農創設特別措置法第三條第五項第四号に謂う小作地に該当しない。即ち本件土地の賃借人等は何れも耕作のみを業務としている者ではなく、他に本業があり、又は無職であつて偶々食糧事情窮迫の爲に一時家庭菜園として使用しているにすぎないものであるから本件土地の借地人等を耕作の業務を営む者とはいえず、又本件土地を耕作業務の目的に供しているものとはいえないから小作地ということは出來ない。にも拘らず同法同條項を適用して定めた右京区農地委員会の買收計画及びこれを相当と認定した被告の裁決には同法の解釈を誤つた違法があるというが、同法第三條第五項第四号は法人その他の團体の所有する小作地を買收対象農地の一とし、小作地とは同法第一條第二項に耕作の業務を営む者が賃借権その他の権原に基いてその業務の目的に供している農地をいうと規定している。「耕作の業務を営む」とは耕作の方法即ち土地に労資を加え肥培管理を施し作物を栽培することによつて土地の効用を收める経済的行爲を反覆且つ継続的に行うことを指称し営利の観念を要件とするものではないと解するを相当とする。從つて耕作を本業とする專業農家はもとより、いわる家庭菜園として利用する者も他に本業のあると否とを問わず右事実の認められる以上耕作の業務を営む者に外ならずその土地はその業務の目的に供している農地といわなければならない、そこで本件土地について見るに、原告は寺院たる法人であつて本件土地は法人である原告の所有に係り本件土地を訴外日下部正太郞等十六名に対して賃貸していること及びこれら借地人は本件土地をいわゆる家庭菜園として使用しているものであることは何れも原告の自陳するところである。

而してその蔬菜類の收穫のための耕作が昭和十九年頃より反覆して継続的に行われたものであることは証人近藤俊彦、同河井仲藏の証言によつてこれを認めることが出來る從つて本件土地を自作農創設特別措置法第三條第五項第四号にいわゆる法人の所有する小作地として認定して定めた農地委員会の買收計画及びこれを相当と容認した被告の裁決にはこの限りに於ては何等違法ではなく、この点に関する原告の主張は採用するを得ない。

第二  原告は假りに本件土地が自作農創設特別措置第三條第五項第四号に該当する小作地であるとしても本件土地は同法第五條第五号にいわゆる近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であるから買收し得ないものであると主張する。そこでかような情況にあるかどうかを考へてみる。当裁判所の檢証の結果により明らかなことは本件三筆の土地は嵐山電鉄北野線龍安寺駅北方約三丁衣笠山麓の松吟庵の前に装置し西は松吟庵道、東は仙壽院境内参道、南は幅員約二間半の御室裏地に狹まれた南北約四十八間東西約十九間の一体をなした畑であり松吟庵道は北に緩く小登り道となつているが本件耕地はこれにならはず、ほゞ小平面に整理され館辺御室裏地のところでは道路面より約二尺の高さを保つ石垣が築かれている。本耕地の路中央部を南から北に巾約二尺位の道路が表見し約四十間進んで左折し四方松吟庵道に通じているがこれは表見する約二尺を含め巾約一間半の私有道路でありその南側に沿うて巾一尺一寸深さ約八寸五分のコンクリート溝がつけられている。而して本件耕地は凡そ十七に区劃し各区劃境は埋石を以て判然とし、ところにより竹垣等で境界してある。この区劃内は全部畑であり甘藷や蔬菜が裁培され東南一坪位はコスモスが植えられている。本件土地の周囲にはその西南隅に接して南北約十二間東西約二十間の耕地畑が存在する外には農地はない即ち本耕地の西側には松吟庵道を隔てて籬等の眞新しいと思われる住宅向家屋が並立し南側も右同樣の人家が御室裏通りを隔てて密に立ち並び東側も仙壽院境内參道を狹んで兩側に人家がある。眞北は松吟庵、東北に仙壽院があるのである。本件土地自体及びその周囲の現況が右の如くであるに加えて証人笹川良勝の証言によつて成立を認め得る甲第四号証及び証人笹川良勝の証言によれば原告は昭和十七年十二月頃京都府知事より本件土地について住宅建築の爲の建築権私有道路開設の認可を得て昭和十八年頃前記の如く区劃整理をし私有道路及びコンクート溝をつけ夫々前記借地人等に賃貸したものであることが認められ、又証人近藤俊彦、同河井仲藏の証言によれば本件土地附近一帯は住宅地であつて專業農家は僅かに一、二軒それも本件土地より六町程のところに在るにすぎず本件土地の自作希望者とて無く又借地人等は何れも会社員その他であつて專業農家ではなく、食糧事情惡化の爲畑として利用しているものであつてこれによる收穫に対しては供出の割当なく借地人中には工場その他住宅を建築することを目論んで事情さえ許せばこれを実行しようとする者少なからずこれに反し將來永く耕作を営む意思を有する者はないことが認められる。これを安ずるに本件土地は現状は耕作畑地として使用されている農地であるが本來人家稠密の住宅地帯に位し昭和十八年頃宅地として区劃整理の施された際、既に宅地として利用されるべきであつたのに食糧事情の惡化がこれを畑に変貌せしめたものに外ならない。食糧事情の好轉した現在この假りの姿の猫額大の農地而も四囲の状況に調和しない農地が農地として永く存続するであろうか又せしむべきであろうか、今日の大都会の土地事情住宅事情は本件土地の具有する宅地としての優秀性に着眼しないであろうか又しないでよいであろうか結論は自ら明白であろう、即ち可及的速かに本件土地は宅地として利用すべき客観的事情があり、それによつて失わるべきものは少なく得るところは大きいし農民の側に立つて考へても自作農を創設することは非常識というの外はない然らば本件土地は自作農創設特別措置法第五條第五号にいわゆる近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地に該当するものというべきである。

ところで被告は同條同号を適用して買收から除外するには右の如き事情があるのみでは足らず都道府縣農地委員会の指定又はその承認による市町村農地委員会の指定がなければならない。然るに本件に於ては右のような指定も承認もなく、むしろその指定及び承認を拒否しているのであるから原告の主張は直ちに排斥さるべきであると抗爭する、併しながら同條同号にいう近く土地使用の目的を変更することを相当とするや否やの認定は事既存の権利を剥奪するか否かに帰するものであるから純然たる自由才量に属せず、法律上覊束されたものであることは言を侯たないし、從つて農地委員会のそれについての承認又は指定も覊束的行爲たらざるを得ない、積極的な認定をしながら承認又は指定をなさず、消極的な認定をしながら承認又は指定をすることは共に不法で許されない。自ら承認又は指定をなすべき義務を有しながらその義務を回避する恣意は許されない。認定を誤つたことによる承認又は指定は違法な処分である。認定を誤つたことに基因して買收手続を進める処分も違法である。凡そ司法裁判は法規を適用する判断表示である。司法裁判所は行政廳と異なり意思表示的効果を持つ処分をすることは法の明文の存しない限り、これをなすことはできない。行政処分の取消を求める行政訴訟に於ても裁判所は行政処分の違法の有無を判断し取消すか否かを宣言するに止まり或る結果を意欲してこれを作出する処分を行うことはできない。本問題についても裁判所は近く土地使用の目的を変更することを相当と認めても農地委員会のなすべき承認又は指定という結果を意欲する処分をなす権能は有しない。只農地委員会が本來與うべき承認又は指定を與へないで買收の対象として採上げた買收計画及びその訴願の裁決という行政処分の取消訴訟に於て、その點についての違法を判断することは法律を適用する冷靜な判断作用でありそれは司法権の枠内の作用であり行政権を侵すものではない。安ずるに本條第五号の規定による買收除外農地は客観的に定まつているものであつて、行政廳の自由才量によつて左右さるべきものではない、只下級農地委員会が買收除外のレツテルを貼るには上級農地委員会の同意を求むべく義務づけてその愼重を期せしめたに過ぎない。即ち農地委員会の承認又は指定は同條同号の規定する買收除外地たるべき不可欠の要件ではない。被告主張の如くんば結局買收すると否とは全く行政権の自由才量に委ねられ本法律の目的と精神に背戻する違法な買收であつても救済を受け得ないことに帰着する。当裁判所は被告の見解には從い得ない。

果して然らば本件土地は近く土地使用の目的を変更して宅地とすることを相当とする農地であるから同法第五條第五号によつて買收より除外すべきに拘らず、これにつき右京区農地委員会が定めた買收計画及びこれを容認して原告の訴願を却下した被告の裁決は違法として取消すべきである。

なお行政事件訴訟特例法第三條によれば違法な行政処分の取消を求める訴は原則として処分をした行政廳を被告として提起すべきものと定められ、訴願の裁決も処分であるから裁決廳たる被告に対し裁決の取消を求めることはもとより正当であるし、この場合原処分の取消については原処分廳を共同被告としてこれに求めると、又原処分を是認した上級廳たる裁決廳に対して原処分の取消をも併せ求めると二者何れを選ぶかは原告の任意に委ねられたものと解して支障なきものと考へる(原処分の取消は行政廳に委ねてもよい併し行政事件訴訟特例法第十二條の規定の存することは原処分の取消を求める利益を失わしめるものではない。)

よつて原告の本訴請求は凡て正当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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